連日の気温の変化に適応できる人間って、やっぱりすごいですね。
春夏秋冬・・・当たり前のことですが、よくよく考えてみると、日本ならではのことですか・・・。
夏になれば、薄着となりますが、次第に体が慣れてくる。
冬になったらなったで、やっぱり寒さに体が適応していく。
考え方によっては、こんなに過酷なことはないのかも知れないが、自然と体が順応している。
衣服や空調など、いわゆる後付のものはあるにしろ、到底変える事のできない大自然の原理原則の前では
やはり、人間が持って生まれた、この適応能力が不可欠であろう。
脳も同じであろうものなのか?
夏になれば、冬になれば、それなりに変化する体のように
新しい職場に行けば、新しい業務になれば、脳がどこまで順応するのであろう・・・。
おそらく、適応していく。変化しているはず・・・。
しかし、問題なのは、「後付」のところであろう。
さらに言えば、一方は人類の英知を持ってしても太刀打ちできない大自然に対してであるが
そうではないからであろう。
それは、その環境から退く選択ができるからである。
話をもとに戻すし「後付」とは何なのか。
ここで言う後付とは、意識であったり、経験であったり、もっと言えば「言い訳」であろう。
脳の後付も、衣服や空調のように、より快適にプラスの面で武装することができるようになれば
良いということですね。










